20170820

20170819 Diary



知床旅写真の現像、全然終わっていないのだけど、昨日今日あたりがまとめて時間が取れそうということで、鉛筆の作業をやる。10分やって疲れ、15分やって眠くなりと、集中のペースができる前に休憩してしまう。
夏休みとはいえ、あれこれと家族から声がかかり家事や雑用は増え落ち着かないわけで、長い休みの終わりころになると休めたというよりもむしろくたくたになっている。おまけにスマホ老眼なのだろうか?どうも目が悪くなってきており、更によろしくないことには、片目だけがかくっと視力がバランス悪く落ちている。見えずらいなぁと、描いているとそればかりが気になる。頭が痛くなってきたのであきらめていったん昼寝をすることにした。10分ほど寝たらふと目が覚めて、描く。それでも、少し描くとまた眠くなるので、もう一度寝る。10分くらいで目が覚める。どこかそわそわする。だって、まとめて絵を描く時間がとれる日なんてそうそうないんだから。それでも、また15分ほど集中すると眠くなり、描いては寝て、を細切れに繰り返しているうちに、夕方になり不思議なぜが目の調子が良くなっている。朝に食べた庭のブルーベリーのおかげか?笑

エンジンをかけて、運転しているうちにバランスが取れてきた車みたいな感じなのかなぁ。

鉛筆素描はある意味はれ物に触るように、紙に接触してきたようなところがある。線の一発に研ぎすませて、一本たりともへなちょこな線は引かねぇぞ、というやり方だ。そんな感じだから、進むのも時間がかかるし、作業量自体も多いので、本当にこれもまたくたくたになるのが常だった。

しかししかしである。
いろいろ試したり、試したことを見てさらに、という作業の展開をスピードアップしたくなっていた。それで、夏休み中、細切れの時間ではあったが(しかしこれは常)いろんなことを紙に試していた。思い切ったことをやってみたせいか、今回は、スピードアップの体感みたいなものが、自然に作業に出てきて、後半の細部を見ていく(描いていく)ところでは、いったん停滞の感じが出たようにも見えたけれど、その後しばらく粘って(夕方以降は細切れに眠くなることもなくなり、長い時間集中のペースがようやくできてきた)作業していくうちに、いままで結構時間をかけて詰めてきたところに、かなり短い時間でたどり着くことができたように思えた。こうなると、次のステップに、早めに取り組めることができそうで、前半の眠くても細切れでも、核心部分(今回の課題の)につっこんでいこうとやったことがなんとか今日のうちに、手ごたえをつかめた気がして、うれしい。とはいえ、本当の制作の勝負というか格闘はこれからなんだけれど。







展覧会のお知らせ




「A造展」8月31日(木)〜9月5日(火)
10:00〜18:00(最終日16:00まで)
帯広市民ギャラリー
http://www.city.obihiro.hokkaido.jp/shougaigakusyuubu/bunnkaka/a600110gallery.html


今年も出します。
出品作品詳細は後日。

累計写実Ⅴ


記憶の層の合間に挟まるようにして写真

20170818

それがそのまま残って見えている






ここに初めて来たのは、小学生のころのバス学習でだったと思うんだけど、だいたい子供の頃ってのは、生まれた場所が当たり前だと思って過ごしているから、どの場所へ行っても、あー、また山か。また森か。また草ね。ってな具合で。街部分なんてのは一瞬で通り過ぎてしまいまた森なわけで。キラキラしたおしゃれな街ってやっぱ東京か?みたいなわけで。キラキラはずっと想像の中でしばらくその後も過ごすのだけど。どこまで行っても延々と北海道で。内陸部に住んでたから、海がすこし珍しいくらいで。でも、その海だって、寒々と荒涼な海ばかりで。
でも、ここはさすがの小学生もなんか不思議な怖さを感じたのだ。すんごい遠い時間がここにはある。遠くて全然わかんないくらいの素朴な地面が見える。古代の。古代の砂、古代の時間の粒が。平たい地に這うようにハマナスがある。とげとげした緑の地平に唐突なピンクの花。海の薄い色。時間が重なると、「それがそのまま残って見えている」と、多分色は圧縮されてどんどん無彩色に近づくのだ。
でも好きな怖さだった。今も。