20170423

20170423 Diary



合間に停車して。
川縁で撮る。
とにかく寒いのだ。

20170423 溜める景





台風跡の露呈すら
柔らかく包む
もんやり春雲


記憶の春






空が掻き混ざり
風景の輪郭が
柔らかくなる

私とカメラ





カメラを持って外に出る時は予感がする時。 それは「あっ今日は何かをキャッチ出来そう」という予感。 ふと窓の外を見たら光が呼んでいるように感じられる。今しかない光の景色が、未知の世界を用意して待っているような感覚。

普段という日常を越えた何かがふっと現れそうな気がするのだ。 「日常を越えた何か」というのはきっかけに過ぎないけれど、それに触れることで私は「新しい視野」や「これまでとは違う感覚」を手にする事が出来る。歩いていると「日常を越えた何か」が私を呼び止める。カメラを取り出すのはそんな時。声がした方向にレンズを向ける。フォーカスを合わせる。でもレンズが切り取った一場面は、そのままでは日常そのものの集合体だ。小動物がひょっこり顔を出すように「日常を越えた何か」が顔を出している訳じゃない。あれもこれも普段目にするものばかりが写されている。つまり私はまだ網を放って根こそぎキャッチしたに過ぎない。

私の仕事はまだ続く。一番大事な仕事は日常から「日常を越えた何か」を選び出すことなのですが、その過程でヒントは浮かび上がるけど「キャッチしたい新しいものの正体」がまだ遥か向こうだったり、こっちを進めば本道なのに、なんだかとても面白そうな小径が見えたりと、忙しかったり面白かったりする。実はその迷路遊びが私の仕事だと思ったりもする。そしてその中で得る感触が今までの私が持っていた知識や情報や知恵を越えた「新しい視野」や「これまでと違う感覚」なのかもしれない。ちょっと説明が難しいのだけれど「ワクワクする発見の過程」こそが作品で「日常を越えた何か」なのかもしれないとも思う。


それでは作品とされる写真は何かということなのですが、日常の向こうにあった「何か」を定着させたものなのは確かなのです。

20170420

20170420 急降下して



急降下して
私地面に墜ちてきた
頭真っ白さ
全く
時間さえもつかめなくなっていた
くるくる旋回しながら
たぶん意志だけが
真っ白に矢印みたいになって
地面へ突っ込んでいった
空にいた最後の記憶は
ただ真っ白さ


私にはからだがなかった
たぶん意志だけが
見えないものを追っかけてた

土に突っ込んだよ
そうしたら私は
初めて自分の土を手に入れた
そうしたら私は
初めて自分の手足を
動かしてみたんだ

土を手に入れた
からだに入り込んだ
私は手足を手に入れた

黒黒と欲深いんだ
土って
そして貪欲にもっとその奥を
私の手足は掘り始めたんだ

20170420 電線の影



幻みたいに雪は消えた
畑は黒黒とたぎり
風が電線の影を動かす

20170419 クリスマスローズ



戻り雪
寒そうにしていたクリスマスローズ
春に出会う下を向いた花
白が本当に白く
浄化の美しさ奪われる目
でも、あまりに冷たそうで

20170418

まるで犬



飛び込んでくる雪ついこないだ解けたばっかりなのに
まるで初雪みたいにさ
雪にむかった
飛んで走って
雪粉散った
肺まで入って
新品肺胞そらがらんどう
まるで犬だわたし犬だもう犬だ

まっしろ空地まっしろ
なんもない春なんもない
まるで初雪みたいにさ
新しくて気持ちよくってさ