20170517

未然元型





わたしにとっての完成形とは
いったいどういうものなのだろう

鉛筆で描いているとき
ひとつひとつの筆跡に「ある着地」を求めている
そして確かに描くたびに「ある手ごたえ」が存在する
しかしその着地の場はいったいどこにあるのか
そしてその手ごたえの根拠はどこにあるのか

壁の染みに浮き上がって見えてくる「ヒトの顔」みたいに
(例えば子供時代古い旅館の壁に見えてきた夜中の幽霊の横顔のような)
描いていると画面鉛筆の未完の陰影が「ある図像」を
茫洋と教えてくる
それは明瞭で説明的な図像というようなものではない
しかし「ヒトの顔」のようにハッキリとした印象のあるものだ

時間や場所がこれだと限定されない
しかしどこかで見てきた現象の記憶のようにも思う
これから初めて見えてくる未知を含みながら
「ある図像」にはどこか既知の感覚がある
でも、まだ形は与えられていないなにかなのだ

わたしは、それを追いかけるように鉛筆で影を埋めていく
しかし、「その通りに」なぞるわけではない

そこに感知した「ある図像」が生れる場にわたしはいて
生れるための構成素粒子を
鉛筆の線(粒子)で置いていくような感じだろうか
(その紙の上の透明な空間は描くと同時に
ふっと現れ、鉛筆を置くたびにその全体に光を照らせと
私を呼ぶのだ。それらにまんべんなく影を見いだし描き
重ねていくと、黒の表皮にある時光が浮いてくる。それらの現象は
どんどん紙を覆うようにかたち造られていく)

描く行動としては
三次元を意図的に配置して描こう、
方法から描こうというアプローチではなくて
三次元的につまり紙の上に飛び出してくる
紙の上に覆われている
「透明な空間」に鉛筆の粒子を置いていく
感じだろうか

その図像を手探りで探るようにして
少しづつ影をつけてあたりをつけていく
そんな感覚だろうか

いきなりズバッと意味を与えようとすれば
きっとそれは汚され
あっというまに消えてしまう類の
不安定なものだ

「それ」を驚かさないように
逃げてしまわないように
消えてしまわないように
薄っぺらい意味と価値の絵の具で貶めてしまわないように

わたしは丁寧にその輪郭を
少しづつ
時間をかけて


描き起こされた「それ」は新しい声で
いつまでも未完のまま
居場所を呼び求め続けているように見える

「なにか」を初めて見た時
初めて経験した時の
感触のままで

私は鉛筆の筆触をどこかの場へ着地させたい
未完の輪郭を明瞭に
ラインの集積で重なりで交差で交錯で
でも
それは「私の色」や「私の作風」といった価値を
超えたものでなくてはならない

なぜなら、超えたと思った場所が
なんにもない赤ん坊以前の場所であっても
わたしはそこにしか
興奮や興味をもつことができないから